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  • 2013.12.20 Friday
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我が、蹉跌のオーディオファイル #15.波動スピーカー


                                         波動スピーカー

日本で最初に出来た鉄筋コンクリート造りのアパートは同潤会アパートであり、原宿にもその古色蒼然たる素敵な佇まいを見る事が出来た。

同潤会改装後

崩れかけたアパートだったが趣があり、何時頃からだったろうか、若い人たちがファッションや小物など扱う沢山の洒落た店が出来ていてなかなかなの風情を醸し出していた。

同潤会改装後

だがこれも老朽化には勝てず、数年前つまらぬビルに生まれ変わったが、これでは
なんだか建て替えのために追い出された若者達が可哀相に思えてならない。
それでも一度は見てみようと野次馬根性で見物に行った折りである、中ほどの階段を降り切ったところに何やら店があったので入ってみると雑貨店だった。
色々なものがごちゃごちゃと置いてあったが、対象が若過ぎてジジイの目を惹く様なものは殆ど無かったが、代りにBGMの音が良くて物よりもその音に興味をひかれた。
音源を辿ると奥の机の両脇に置かれた、小さなスピーカーユニットが付いた「筒」から音が出ていた。
これが10年ほど前に開発されたエムズシステムの波動スピーカーである事をお解りの方も今では多かろう。
スピーカーユニットと云っても、見た目には如何にも安物と思われるちゃちな8センチ位のフルレンジ、それが直径20センチ、長さ50センチ程の紙と思しき筒に嵌めこまれた単純な造りで、失礼ながら金額的にはこの日の手持ちの金額で充分間に合うだろうという印象の代物であった。
子供の玩具のようなちゃちな筒からどうしてこういう音が出るのか、音が不思議な事に自然に体の中に吸い込まれてゆくような、美音と云うよりも心地よいと云った方が適切な、今迄余り味わった事のない音を辺りに発散していた。
こりゃひとつ買っちゃおうと思って金額を見たら12万6千円の正札。元来日本人は無形のものに金を払おうという発想が希薄である。オーディオマニアだけは例外かと思っているが、それにしても不思議な音だと云うだけで12万6千円は如何なものかと正直思ったし、これで売れるんだろうかと訝った。
普通ならこれで終わり、店を出たら忘れてしまうが、どっこいこの音後々まで尾を引いた、BL4343などは発売当初の割れ鐘の様な試聴音が今でも耳に残るが、このスピーカーは極めて好もしい、体中を包み込み沁み入るような印象で耳に残った。

このビルには二度と行こうと思わなかったが、「筒」の音はもう一度聴きたいと思い、試聴というより買いに行ったという方が正確だが、新富町の試聴室を訪ねた。
「波動」辞書によると「初めは水波などから類推された概念で、媒質中の変位が順次に連続的に且つ周期的に他の部分に伝わる現象を意味する」。
我々が通常聴いているスピーカーが発する「音波」は同じく辞書によると[空気その他の媒質が、
発音体の振動を受けて生ずる波動、これが耳に入り鼓膜に触れるときに音の感覚が生ずる]とある。晦渋は辞書だからやむを得ない。要するに池に石を放った時の波紋を思えば良いので、だから音は波動が無ければ音にならないわけで、態々「波動」と冠を載せる意味がちょっと解り難い。
メーカーのエムズシステムは解説書「エムズサウンド・バイブル」中の「エムズシステムはなぜ生まれてきたのか」の結びでこう云っている。
「波動スピーカーは作曲家、演奏家、歌い手それぞれの想いをあなたの心に直接響かせ、ある時は心を落ち着かせ、あなたが本来持っている感性を呼びさまし、磨き上げて、あなたがあなた自身であることに気付く楽器、それがエムズシステム・サウンドです」どうにもまどろっこしい。
屁理屈を云って絡む気は毛頭ないが、僕は音楽を聴くという単純な行為に面倒な理屈は考えていない、文字通り音を楽しみたいだけで、いちいち感じ入って自分とは何者ぞなどと分析するような趣味は持っていないし、第一分析したって達する結論が碌なものでないくらい解っている。
折角楽しんでいる時に改めて、鏡を見るような愚かを犯してたまるか。
それに僕自身はA君でもB君でもないから、僕が僕自身である事は云われるまでも無く知っておるので、こう持って回って押しつけられると、どこぞの宗教から折伏されているようで、体中がこそばゆくなってくる。
美音の心地よさは耳を中心に体全体に沁み渡り、僕のシステムでも心地よかったり眠くなったりしており、音楽は譬えラジカセの音でも良い音楽であれば僕の(人の)音楽的感性のみならず心を磨いてくれる。反対に楽想の稚拙な音楽には苛立ち、落ち着きを僕らは失う。
何もそれは波動スピーカーで聴いたからという事ではなく、それに、感性を磨き心を癒し磨くのは音質も多少は影響するかもしれないが、音楽そのものの持つ力のほうが遥かに大きいと、敢えて考えてみろというならそう思う。

また、バイブルにはこうも記してある「ケイタイやパソコン、ラジカセなどの人工的な電子音ばかりに囲まれているとついイライラしたり心のバランスを失いがちです」・・・デジタル音は僕も嫌いだし、長時間の視聴が人間の生理に良い影響を与える筈が無いと思っているからその点には同調するけれども、パソコンやラジカセの音だって音楽そのものは何の分け隔てもしないものだと思っている。
まあ、宣伝文句だからそうむきになる事も無いのだが、折角の興がこういうところで削がれてしまうのはちょっと勿体ない気がする。
だが、改めて聴いた音はあのビルの雑踏の中で聴いたものより遥かに素晴らしいものだった。
誰だってこれだけの音造りが出来れば自慢したくもなるのも無理は無い。
そのコンパクトさといい、小さな家に住む我々にとってはひとつの恩恵だし、彼らが自画自賛するように「音に包まれて、心が開け、率直になれる」なら、神を見るようなものだろう。
バイブルはこうも言っている「柔らかく豊かな音色でその場全体を満たし、空間自体を調和のとれたものとしてリラックスさせてくれます」これは本当だった。
序に云うならその臨場感が半端でない。嘘だと思うなら行って聴いてみると良い。
百聞は一聴に如かず、何も云わずにいてくれれば、原価がどこかで見え透く事などものともせずに、僕はこの素晴らしいスピーカーを買っただろう。
特徴的な事がもうひとつある。
これだけ音が良ければマニアが飛び付いてもよさそうなものなのに、従来の超マニアの間では一向に話題に登らず、殆ど興味を持たれた形跡が無い。何故だろうと考えてみて思い付く事があった。
試聴室に出向いたこの時「このスピーカーは音源を選ばない。ラジカセを繋いでも高級アンプを繋いでも等しくこのスピーカーの音がする。如何なるアンプを以てしても我スピーカーは不変である」・・・と云う。
マニアが横を向くとすればこの点で、音源を選ばないという事が本当なら、今迄の研究の成果と膨大な出費の全否定につながる。根本からやり直すことなどもう出来ないところに殆どのマニアがどっぷり漬かっている訳だから、今更それを捨てることなど出来るわけが無いのである。
それに、不変なものに相対しても何の達成感も得られないから面白くないのだろう。阿呆な努力をしたがるのがマニアの心理でもある。それが出来ない。
だが、「音源を選ばない」と彼らが云うのは半分本当で半分は過信であることに、この時僕は気付いていた。
市販のCDをアンプを繋ぎ換えて聴いても、成程音の変化を殆どじさせなかったが、それは繋ぎ換えたアンプのレベルが同レベルだったからで、持参したCD(新藤バージョンのSPU-A・RF297アーム・新藤バージョンのガラード301・RA1474でレコードから録音した)を聴いた時、最初の印象とは打って変わってこのスピーカーは見違えるような音で鳴ったのである。
僕の拙劣な録音は塵や傷などのプチ音が盛大に入っており酷いものだったが、今迄余り気にならなかったそのプチ音が針の様に耳を刺した、どうやら秘密はここらに有りそうな気がするのである。
ヴァイタボックスでもそうしたプチ音は細大漏らさず再生するが、余りそれが気にならない、どう云ったらよいのだろう、こうしたプチ音を包み込んでしまうようなところがあって、音楽を音楽として聴かせるための巧妙な制御装置が付いているようで、その当りは実に旨く出来ているのだが、波動スピーカーはその制御装置をベッと引っぺがしたように、音という音を全て前面に押し出して、始め聴いた時とは随分印象の違う音だった。
ヴァイタボックスとは正反対に極めてクリアーな音である。という事は音源が良ければ素直に音が向上してゆく事を意味している。このスピーカーに制御装置が付いているとしたら、ある一定レベル以下の音源に対しても見事にそれを音楽にしてしまうというところにあって、それ以上の音源に対する制御装置は付いていない。
トランペットのビラッとした開口部に頭を突っ込んだような音の生々しさには全く驚かされたが、だからどういう音源でも音は変わらないと云う彼らの過信の部分は間違いであって、音源次第でもっと凄いスピーカーに変身する可能性を秘めていると僕は思った。
このスピーカーを完璧に鳴らし切る。貴方は出来るだろうか。






我が、蹉跌のオーディオファイル #08. イコライザー

                         イコライザー

今回は最初に云っておくべき事を云い忘れていたので、電源の事をちょいと一言。

どんなに優秀な回路で優秀な部品を使ったアンプでも電源がチャチだと正直にチャチな音になるからこの事を先ず銘記したい。
しかし、これは考えてみれば当然の事で、アンプの中を通る電気を造っているのが電源なので、ここの質が良ければ良い音がして、悪ければ良い音がしないのは当り前の話である。
此処では極普通の回路、整流管で交流を直流にする回路に付いて申し上げておこう。
(トランジスタの事は知らないが、真空管でイコライザーを造るなら整流管を使うほうがより良いだろう)

電源は回路が単純なだけに須らく部品の良し悪しが全てを決定する。

先ずは電源トランス。

今ではトランスも良い物が少なくなった。日本製ではタムラタンゴ野口トランス等があるが、積極的にお勧めはできない。そこそこの音は出るが良質とは云いかねる。
僕は野口でやったが、大いに不満が残っている。音に締りが無いのは間違いなく電源トランスの質によるところである。
トライアッドはとっくに消えているし、ウエスタンなど今や単なる伝説に過ぎなくなってしまった。(もう程度の良い物は残っていない)ここは一つ特注をお勧めする。特注だからと云って高くつくような事はなく、イコライザーのトランスなら普通1万円以下である。因みに野口トランスの既製品は7500円で僕が発注した特注品は8000円である。
2次側に240V程度、12.6V、5Vがあれば大概のイコライザーは何とかなる。
次いで大切なのは整流管、こんなもので音が変わって堪るかと思う向きもあろうが、実は整流管が音を決定すると云っても過言でない。同じ5AR4でもピンはムラード、切りは中国製の全て、(オーディオに関する限り中国製など決して使うべきではないと声を大にして云って置かねばなるまい。安物買いの銭失いとは真さにこの事で、誠意の欠片も宿っていない粗悪品ばかりである)
此処はしっかりしたメーカーの本物を選ぶとよい。

次は電解コンデンサー。今迄はマロリースプラグを良しとしてきたが、案外日本製の電解が素晴らしい。ニチコンでもエルナでも良いがちゃんとした日本製なら間違いないだろう(実は中国製と云う事も最近の製品には有るのでここは店に、或いはメーカーに確認を取るのが良いだろう。直にメーカーに電話して製造国を確認すればよいのである)
そしてオイルコンデンサー。これは整流管から直近に8〜10μf程度を使うと良いだろう。(コーネルをお勧めする)チョークを通して次の電解は250μ程度が良いが、このコンデンサーに0、22〜1μ程度のグラスマイカコンデンサーをパラで繋ぐ事をお勧めする。コンデンサーの質にもよるが高域の輝きが違ってくる。
ヒーターは使う真空管によって色々だが、直流点火するならヒーターチョークを使うのが一寸した山葵である。これで一味違った電源が出来るだろう。

ここで少し話題をかえるが、食品では産地偽装が話題になったが、オーディオの世界ではとうだろうか、近年、目新しい真空管アンプ・メーカーが出てきたが、小さい文字で”Made in Chine”と 表示すればまだましで、真空管、コンデンサー、トランスは中国製、日本で最終組立てと検査を行って”Made in Japan”は偽装ではないのか。趣味人のためにパーツの産地表示をしてほしい。中国製で音がよければ堂々と表示すれば良いのではないか。日本製で有るかのようにしユーザーが気づくまでの時間差で利益を取り込んでるとしか思えない。

次はMCカートリッジの昇圧に付いて


我が、蹉跌のオーディオファイル #08. イコライザー

             イコライザー

部品で音が変わる。
もう知っている人は知っている事実だが改めて云っておく価値はあると思う。
最初の計画を縮小してプリアンプだけにして赤豚の制作は数年前にスタートした。
この時は抵抗をAllen Bradley(アーレン・ブラッドレイ)、コンデンサーは電解にマロリー、カップリング、スプラグビタミンQ他同等品、その他オレンジドロップ等を使った。このあたりの部品はマッキンC22などに使われており、音質的にはかなり良好なものである。
以前三栄無線のSRPPプリアンプと4300Bメインアンプの中身を全てこれらの部品に取り換えた事があるが、ぼろ糞だったこのアンプはマッキンC22MC275のコンビよりも音が引き締まって時としてこれらを凌駕する程の音を出した。部品で音がどれだけ変わるか実証済みだったので迷わず当初はこれらの部品を選んだのだ。
しかし、アーレンの難点はバラツキがある事で、3Kの抵抗が2.8Kだったり、3.3Kだったりする。これが音像のふら付きを誘うのかどうか解らないが、後にこれはもう少し厳密なデイル中心に置き換えた。音質的には左程の差は感じなかったが、気の所為か音全体が落ち着いたように感じた。
進める人があって、最近それを更に無誘導巻線抵抗に替えたが、これによる音の変化は劇的だった。
音の背筋がピンと伸び、前へ飛んでくるような音に変わった。
コレステロールが無くなって血がさらさら流れるように不純物が消え去った感じである。
各楽器の位置のふらつきが無くなり、音が明確になるなど二皮も三皮も剥けた音に文字通り大変身し、この時点でアンプの次元が大きく変わった。
こうなると止められなくなる。
この抵抗の出所はアメリカだそうだ。メーカーは解らないが通常僕らがイメージする抵抗器とは随分形状が違ってコンデンサーのような形をしている。
一個一個抵抗値を測って買ったがどれも表示との狂いは0であった。
駄目元の気分でというより半信半疑でやったことだが、音が出た途端にそうした気分は吹っ飛んだ。
部品としては安くないし、数が少ないので必要な値を揃えるのに苦労したが、
マッキンマランツのビンテージアンプを買う事を思えば価格的にはタダみたいなものだし、再度云うが出てくる音は次元が違う。

抵抗をデイルに取り換えた頃、同時にコンデンサーをウェスタンの弁当箱みたいなごつい奴に替えた。若干ビタミンQよりいい音の様に思ったが、これはそう思いたい気分が聴かせる音で、実際はそれほどの差は無く、落ち着いてくると殆ど差が無い事に聊かがっかりさせられた。また戻すのも面倒だから其の儘にしたが、お陰で重くなった。重い、でかいは誉められない。
この頃カソードのバイパスにはSPRAGUE(スプラグ)の100マイクロを使ったがこれは少し怪しかった。従来のスプラグ製品に比べると何処となく薄っぺらで価格も安かった。中国製ではないかという人が居たがそうかもしれない。(中国製のものは例え安いからと云っても手を出さない方が無難で結局捨てることになる)
このバイパスは30年ほど前に銀タンタルの150マイクロの買い置きがあったのをすっかり忘れており、思い出して引き出しの奥を探ったら出てきた。
カソードのバイパスにはこの銀タンタルが良く、音が引き締まる。
早速付け換えた。詰まった煙突を掃除した時の様にすっきりした。
これで一応一段落し、ここらでもう良いかと思ったが長くは続かなかった。
抵抗器であれだけの変身ぶりならコンデンサーにこれ以上の物が見つかれば更に又次元がアップするかもしれない。隠れた名品がきっとある筈だ。
それが有った。
結果から先に云うと、先ずカップリングだが、Tektronix(テクトロニクス社)(オシロスコープなど測定器の専門メーカー)の0.1マイクロのオイルコン、これはハーメチックシール(湿気が入らない)処理が施してある。低音部の0.01マイクロはベルマークのウェスタンの(スプラグのOEM)ペーパーオイルコン、高音部はテクトロニクス0.001とスプラグビタミンQの0.001をパらにした0.002マイクロ、最終段プレートからの出力段0.5マイクロは、ハーメチックシール処理されたウェスタンの軍用オイルコン(チューブ型)で決まった。
結局カソードのバイパスに使っている銀タンタルを覗いて全て付け換えることになった。
尤もそれは結果であっていきなりこれらに決定したわけではなく、これらの他にマイカコンやスチコンも試してみた結果がこうなったのである。
部品を付け換えるとき、何もかも一遍にやるとどの個所のどの部品で、音がどう変わったかが解らなくなるから、一か所ずつ付け換えて音を確認しながらやっていった。
1番目は最終段、スプラグのビタミンQからウェスタンの(弁当箱みたいなネジでシャーシーに取り付けて使う灰色の奴)オイルコンに代えたた部分だが、ここは他に候補が無かったので楽だった。(本来此処の値はプリアンプの入力インピーダンスに合わせるようにするのがベストの筈だが、肝腎な入力インピーダンスが解らないので0.5マイクロのままにしてある)
音に一層の張りが出て引き締まった。同じウェスタンでも随分レベルが違うものである。ウェスタンなら何でも優秀だと思うのは大変な間違いであることを実感した。
ここはこれで決まり。
2番目はイコライザーの低音部分の0.01マイクロ。ここも同じ様にスプラグからウェスタンの弁当箱に替えていた部分であるが、此処はウェスタンのマイカコンとベルマークのペーパーオイルコンを試した。
マイカコンや弁当箱とでは比べ様も無い程ベルマークは優秀だった。
低音のボリウムがぐんと増し、ぴしっと締った。文句なくこれに決定。
3番目は高音部の0.002マイクロだが、小さい値のコンデンサーは良質の物を見付けるのに苦労する。今迄はずっとオレンジドロップの0.001をパらにして使っていたところである。ここはメーカー不詳のマイカコン、富士電機のスチコン、コーネル・ドゥビラーブラック・キャットスプラグビタミンQの0.001をパラにした0.002、テクトロニクスの0.001マイクロを試した。(余りにもテクトロニクスが魅力的だったので0.001も試してみることにした)面倒なことこの上なかった。
マイカコンは音全体に霞が掛ったようになるので没、富士のスチコンは悪くなかったがオレンジドロップと大差ないのでこれも没、テクトロニクスは残念だった。0.001は矢張り音が引っ込む。ビタミンQは音が汚くなって没。
結局、最もバランスが良く、音の綺麗なブラック・キャットが残ったが何か釈然としない。音が一番きれいなのは何と言ってもテクトロニクス。問題は容量が半分しかない事によて音に厚みがところかも知れないから、ならばどちらかと云うと音が太いビタミンQとパラにして0.002としたらどうなるか、良い結果は想像出来なかったがやってみた。
結果は目眩がするほど素晴らしかった。
どうしてそうなるのか解るわけがないが、容量が整い、相乗効果で双方の良い所だけが音になって出てきたようだ。抱き合わせるものによっては逆の結果もあるのかもしれないが、偶然とはいえ筆舌に尽くしがたい美音を奏でるようになった。
何でも諦めずにやってみるものだ。生じっか僕に電気の知識が無かった事が幸いした予期せぬ効用の発見である。
4番目はカップリングの0.1マイクロ。ここもビタミンQから弁当箱に替えた部分だ。ウェスタンのマイカコン0.16マイクロとテクトロニクスのハーメチックシール処理が施された0.1マイクロのオイルコンを試した。テクトロニクスが擢んでていた。当然付け換えた。
予想通り音は劇的に変化した。もう何の文句もなし。一体この臨場感はどう云う事なのか。何故こんなもの一つでこうも臨場感が出るのか、本当に気持ち悪いほどで、不思議と云う以外にない。ジャズなどは酒とたばこと咽返る人の臭いまでする。
レコードから臭いがする。嘘に決まっているがそう錯覚させる位生々しい音に変身した。
こうなると寧ろ疑問も出てくる。本当の音とは何なんだという事だ。
色々やったがどれがレコード本来の音なのか。
アンプはレコードに刻まれた音を細大漏らさず色付けをせずに鳴ってくれる事を僕は良しとしているのに、
カートリッジで音が変わり、アンプで音が変わり、スピーカーで音が変わる。
そしてこんなちっこい部品一つで音が激変する。もう冗談じゃねーわ。
が、兎も角結果良ければ全て良し。僕のアンプだから良いと思えばそれで良いのだと割り切って余計な疑問を持つのは止めることにした。
しかし、これで終わったわけではない。シャシーをコンパクトにし、その時序に配線材を換えよう。
これでまた音が変わる。もうヤケクソじゃ。とことん行っちまうしかもうなかろうし、これはこれでまた楽しみなのだ。

                         続く

次回はイコライザー


我が、蹉跌のオーディオファイル #08. イコライザー

 レコードの音溝を針で拾うと、当り前だがそれは次にプリアンプのイコライザー部か単独のイコライザーアンプか、何れにせよイコライザーに送り込まれる。
equalizerを直訳すると「同等にするもの、歪み、圧力などの平衡装置」と辞書にある。
釈迦に説法だと思うが、お浚いしてみると、レコードには再生時の音の振幅とは反対の音溝が刻まれている。
何故かというと大きな低音の振幅をそのままレコードに刻んでしまうと振幅が大き過ぎて針がちゃんとトレースせずに飛んでしまうからだ。
だからその振幅を小さく刻んで綺麗に針をトレースさせ、再生時にはその振幅を元に戻す、つまりイコライジングして正常な音に戻して我々はレコードを聴いている訳で、その信号を反転させて正常な音にする装置がイコライザー、云ってみればレコード再生の心臓部、ということになる。
従って仇やおろそかには出来ない。

「赤豚001」誰も御存じなかろうが今回はその中身に付いて。
このアンプは本来プリアンプとして造ったが現在フラットアンプ部は使っておらず、従ってハムやノイズを拾いやすいスイッチはMCとMMの切り替えスイッチだけにしている。当初はプリメインアンプを造る予定だったのでシャーシーが馬鹿でかく、中は試行錯誤の名残で穴だらけなので近々組み直すことにしているが、どうあれ日々改善(改悪もあったが)されており、常に成長過程にあるアンプだ。
回路はECC83を使ったCR型の基本回路を一切弄っていない。
電源は別電源とし、5AR4SIEMENS(シーメンス)で整流、オイルコン、(コーネル・ドゥビラー)チョーク・コイル、電解コンはMallory(マロリー)の普通の回路でB電源270Vを得ている。ヒーターはブリッジ整流、電解コン(マロリー)で12.6Vを得ている。
電源はアンプの全ての土台になる重要な部分だから、良い部品を使ってしっかり造り込んだ。電源トランスとチョークトランスは30年前新藤ラボで調達したものを使っている。どうあれ此処が土台だから品質の悪い物は避けた。
重要だと思うので敢えて申し上げるが、アンプで部品をケチるのは命取りだ。
コストパフォーマンスを考えるのは採算を取らねばならないメーカーが考える事で、我々マニアは予算の許す限り最大限良質の部品を使うべきだと思う。(値段が高いということではなく、良質の部品)
それは我々の体と同じ事で、健康で良質な臓器が揃っていて初めて体の健康が維持できるのと似ている。「心臓が丈夫だから肝臓は程々で良い」という事で良い訳が無いのと同じで「カップリングに良いコンデンサーを使ったから、カソードのバイパスは程々で良い」などという事は無く、こういうケチりをすると音はその程々のバイパスコンデンサーの質に全体が引き摺られる。
しかし、此処がまた肝腎なところで、自分の懐に見合った事をするというのも鉄則である。
矛盾するようだが、不思議な事に余り無理な事をすると良い音がしないのである。それは、良い音に聴こえないということかもしれないが、生活のバランスは音のバランスより大切だという事を僕は若干ながら体験している。
それと昔は良かったという古い名品(ウェスタン等)も流石に半世紀の経年でいかれている物が多く、しかも価格は高騰しているから、良くチェックして買う事が肝心だろう。
                         続く

次回はイコライザー

我が、蹉跌のオーディオファイル #07.音の入り口  

 此処が決まったら次はリード線。
現行品ではオーグラインとか銀線とか色々あってそれぞれ特徴があって良いが、これは0.06ミリの絹巻エナメル線を7本より合わせ仕上り外径0.3ミリのウェスタン・エレクトリック製リッツ線に止めを刺す。オーグラインも銀線も使ったが、論外の情報量である。何故だか僕に解るわけが無い。
買う時は騙されないように、本物のウェスタンのこうした原材料は極めて少なくなっている。あっても腐っていたり、酷い物が高く売られている事もあるので要注意。また、エナメルを剥がす時は薬品を使って剥がさないといけない。
刃物で削り取るのは至難の業。

アームの中の配線も上に同じ、他とは全く違うので手に入るならぜひ交換してみることをお勧めする。これが同じアームかと耳を疑うだろう。ただし、アームを壊さないように慎重を要する。
シェルもしっかりしたものを選ぶとよい。FRS5などは優秀だ。このクラスを選ぶとよいと思う。
人気のSMEだがアームと同様有名税を払わされるので覚悟して買うとよい。
ネットなんかに頻繁に出てくるようだが、本当に良い物は、僕の様な馬鹿ものでない限り手放さない。

ラストはフォノケーブル、フォノケーブルに限らず市場ではこのケーブルが極めて怪しい状況になっているようだ、高圧電線の様な直径3センチもあろうかというモンスターケーブル、10万20万は当り前、100万近い物まで存在する。買える人は買えば良いと思うが、僕は買えても買わない。造っている本人は買う気になるんだろうか。
アンプ間のケーブルは古いノイマンのマイクケーブルがピカ一素晴らしい。
が、これも買う時は要注意で同じノイマンのマイクケーブルでも時代が近くなるに従って品質が落ちている。現行品らしいがメーター6万円などと云うのもあるそうだ。それを買った人がいて、某所で古いノイマンと聴き比べ、溝に捨てたそうだ。麗々しくノイマンなどと銘打ってある様なものは避けた方がよいだろう。
この程度のケーブルなら何処にだってある。
兎も角良いのは古いノイマンのマイクケーブル、特徴を言うと、色は薄い灰色、直径はUSBケーブルよりもふた回りほど細く被服の表面がごつごつしていて、シールドが金属の板状になっている二芯シールド線である。同じマイクケーブルでもその次の時代の濃いグレーの、USBケーブルよりも一回り半ほど太い三芯シールド線も悪くは無いが、比べると問題外だから買うときは気を付けるとよい。
フォノケーブルに限って言えばこれも上記と同じでウェスタンのリッツ線が良いが兎に角細いので細工も取り扱いもちょっと大変だ。
第一1メートルのケーブルを造るとして、4メートル必要だから、手に入るかどうか解らない。だが、やっている人はちゃんと居て、身悶えして喜んでいるそうだ。罪のない話である。
僕が今でも使っているフォノケーブルは新藤ラボの銀のシールド線だが、これも素晴らしい。
もっとも銀の音が嫌いだという人はけっこう居るから勿論そういう方にはお勧めしない。
ひと頑張りしてウェスタンのリッツ線かノイマンの古いシールド線を探すといいかもしれない。あるところには有るものだ。見付かりましたらお慰み、貴方は決して手放そうとなさらんことだろう。
もし高圧線をお持ちならたとえ100万でもきっと溝に捨てたくなるだろう。それ程このマイクケーブルとリッツ線は素晴らしい。

プレイヤーとアームの事は余り云いたくない。カートリッジ同様手放した僕が馬鹿だった。
センタースピンドルを改造し直径40センチ程のターンテーブルに乗せ換えた新藤ラボ扱いのガラード301オルトフォンRF297アーム、上記の話の物は本来このクラスで音のバランスが取れる筈だ。しかし、301も401も古いものだから確かなものかよく確認しながら買わないと後で嫌な思いをする事になる。飛び付かない事が肝腎だ。
エラックのプレイヤーも良いと聞くが僕は使った事が無いので責任を持って申し上げる事が出来ない。

不思議な事に良い音は古い製品に宿っていることが多い。軍事目的などで金に糸目を付けずに開発したからか、黎明期で皆が頑張ったからなのか、また当時の人達が真面目でケチな商売っ気など出さなかったからか、そこは解らないが事実は事実である。
しかし、開発されてから既に半世紀の時が経っている。いかなる良品も経年変化で相当いかれている物が多いからブランドに飛び付かない事だ。
特にウェスタン・エレクトリック製品は要注意、どんな上等の肉も腐っていたら食べられないし、食べないほうがよい筈だ。

ここで申し上げた事は全て、こうでなければならぬという事ではなく、僕のやったことが「こうだった」という経験談である。
自己責任を前提にすれば、世の中に「ねばならぬ」という事は無いと僕は思っている。

                           続く

次回はイコライザー


我が、蹉跌のオーディオファイル #07.音の入り口  

 残りは幾つも無い、アメリカ系を外すと後はデッカエラックである。
AKGなどもあって古いタイプを絶賛する人も多いが、針交換に苦労しそうなのでこれも外した。
滅茶苦茶に高値をふっかけられたり、音が変わったり、基本的に針の摩耗を心配しながら聴くのは嫌だから、二度と出ないビンテージ物には手を出さない事にしている。もう少しジジイになってこっちの寿命の方が短いと予測できるようになればAKGも聴いてみようが。尤も明日の事は解らない。翌日の誕生日を前に「明日でおいくつですか」と記者が質問すると「明日の事は解んないんだな」と山下画伯の名回答もあることだ。だから今買うべきかもしれないが、もう少しこれは待つことにした。10年後にも何処かに残っていればそれは縁と云うものだろう。

さて、デッカは専用アームを使ってこそ実力を発揮すると聴いている。
だとすると、MKシリーズで大凡5〜6万、アームが2万〜10万位する。
ターンテーブルもガラードが良いとなると一度手放したものを再び買うという愚かを犯さねばならず、これは敬遠したが、MKを某所からお借りして暫く試聴する機会を得た。何に限らず英国の音は品がいい。このデッカを深追いしてみるか、此処は非常に迷ったところだったがガラードの件が癪なのでここは止まった。
最後に残ったのがエラックである。STS−455555等が良いようだ。
無論中古しかないので探したが余り出ていない。
交換針は新品純正で1〜2万位で探せばまだある。
やっと見付けて455を僕は買った。

全体に音の輪郭が甘いように感じたが音質は非常によく、好きな音だった。
新藤バージョンには及ばないがレコードで音楽を聴く事に何の支障もない。
特にクラシック系が良いように思った。ドイツのこうした技術レベルの高さをまざまざと見せ付けられたような気がする。
アメリカや日本の音造りは概して品性に欠ける物が多い。イギリスやドイツの音造りには品性が宿っている。それを音の教養と言い換えてもよい。どうやってこれを造るのか僕などに解るわけがないが、そこが決定的に違う事は確かだ。
GRADOは自ら万能と謳っているが明らかにクラシックには向かず、ジャズやロック向きである。都はるみもきっと良いだろう。
だから、この二つがあれば通常の「良い」という以上の音が楽しめる事は確かだ。しかし僕は新藤バージョンを35年間聴いてきた。満足出来ないのである。

約まるところこういうことか、これ以上は探しても無駄かと思った。
ところがあった。古いエラックである。
エラックが日本に輸入される前の型に、STS−200、同210220222240300322330、モノのMST−2aといった。50年代後半から60年代にかけてのカートリッジ群があるが、その中のSTS−200322、モノのMST−2Aが立て続けに手に入った。
ステレオの両者を比較すると僕は322の方が好みだった。針は0.5ミル、今回は入手しなかったが姉妹機の222には0.7ミルの針が付いているそうだ。クラシックには322がよいだろうとのアドバイスを入れて322にしたが、このカートリッジは素晴らしい。
低音から高音までのバランスは抜群、力強く且つ繊細、ハスキルのピアノをちゃんとハスキルのピアノで聴く事が出来る。新藤バージョン以来やっと満足のゆくカートリッジに巡り合った。厳密に言うとやはり新藤バージョンの方が音が綺麗かもしれないが、クラシックもジャズも両方見事に鳴らすカートリッジは、そうそうあるものではない。MMだから昇圧トランスもいらないので経済的でもあり、交換針はまだしっかり供給源があるというのも有難い。(しかし、針の出来にばらつきがあるので要注意、またオリジナルの針はマグネットの磁力が減少している物やダンパーがいかれている物が多いとのことなのでこれも要注意、必ず一回聴いてから入手することをお勧めする。)
更にモノのMST−2Aがまた素晴らしい。バリレラの出番はこれで完全になくなってしまった。
MMカートリッジにも恐るべき物があった。僕はずっと馬鹿にしていたが知らなかっただけだった。


我が、蹉跌のオーディオファイル #07.音の入り口

 さて、その最初、音の入り口、ピックアップカートリッジだが、基本中の基本はステレオレコードにはステレオカートリッジを、モノーラルレコードにはモノーラルカートリッジを使うことである。
ステレオをわざわざモノのカートリッジで聴く人は滅多に居まいが、モノのレコードはステレオカートリッジでもちゃんと音は出るからついつい今アームにくっ付いているステレオカートリッジで掛けてしまい勝ちである。僕もそうだったから良く分かるが、いちいち面倒くせいのである。

今更めくようだが、しかしモノレコードはモノカートリッジで聴くべきで音の輝きが全然違う。それに実に艶めかしいものだから聴き出すとのめり込むかも知れない。
幸か不幸か僕は35年間新藤ラボでチューニングしたオルトフォン(ORTOFON)SPU−Aを使っていた。
このカートリッジが余りにも素晴らしかったのでこの35年間は他のカートリッジを聴く気にもならなかった。

それ以前はエンパイア(EMPIRE)1000ZEXEMT−TSD15SPU−AESPU−ASPU−GTE
等を使いモノはオルトフォンCA―25Dを使っていたが出番は全くなくなった。(CA−25Dを聴かなかった事は基本的に間違っていた)
エンパイアは低域がだぶつく傾向が強いので僕にとっては論外、EMTは本来検盤用のカートリッジだからやや音が冷たいので向き不向きがあると思う。

僕はちょっと苦手だった。
オルトフォンは其の儘だと温かみはあるが音が太い。
つまり、双方とも極めて優秀なカートリッジである事は確かだが本来の用途の違いがはっきり出て好みが分かれるところだろう。

新藤ラボのチューニングによるSPU−Aはそうした問題を超越したところに位置しており、どちらが良いとか悪いとか云うレベルの音ではない。
無論音は好みだから嫌いだと云う人もいるだろうがまず負け惜しみだろう。
僕のオーディオ人生の唯一最大の間違いはこのカートリッジも手放したことだ。
だが、何かを得ようと思った時、何かを捨てなければならない時がある。
これを手放した後匹敵するカートリッジを僕は探した。
基本的には無駄な努力だということは解っていたが、それでも探した。
結果論だがその事で得た事がある。
僕の知っている限りのカートリッジはもう解っているから、今迄聴いた事のないカートリッジの中から僕は探した。

何時頃開発されたか、従来のMMやMCではない、FB型というのを発見した。
「マグネットもコイルも使っておらず、針先が360度どの方向に対しても動きやすさが均一なので、針が感じた動きを歪ませることなく反応できる」と解説があり、つまりレコードに刻まれた音を細大漏らさず再生すると加えて説明している。(ネットでGRADOを検索すると出てくる)
理想的である。僕は飛び付いた。これはひょっとするかもしれない。
中古でXTZVというのが出ていた。なんでもグラド(GRADO)の最高級品だという。
本当でも嘘でもこのメーカーの音の傾向は解るだろうと思って一先ずこれを買った。悪くなかった。
が、吃驚したことに突然ピストルでも撃ったようなパン!という強烈なノイズが入り、暫くしてまたパン! そして続けさまにパン!パン!パン!
一昔前、横浜のヨットハーバーの脇に1台の車が止まっていた。何やら小刻みに揺れておるので、我々阿呆な学生どもが地を這って近付き両脇からそっと覗くと、ぬっと眼前に現れたのは一丁のピストルであった。一人の鼻先でその銃口はピタリと止まった。「うわあ・・・」という声を押し殺し、馬鹿どもは逃げた。
本能だったのか全員がジグザグに走った。乗っていたのは米軍の兵隊だった。
夜烏の様な奴で眼ばかりが白く光っていたと、この状況の中でもしっかり観察していた奴が云った。いや野郎はピストルだけ此方に向けてやることはしっかりやっていた。と云う奴もいた。もう一回行ってみようということになり、通りを覗いてみたがもう車は無かった。早い奴だ、済んだらしい。一難去って大笑いだったが、
このパンパンいう音に詰まらん話をつい思い出したくらいこの音には驚かされた。40数年も経ってから鼻先でパン!である。
レコードに傷は見当たらないし、塵にしては音が大きいし、他のレコードを掛けても同じようにパン!パン!パン!
何と、原因は静電気だった。小規模とはいえこれは雷だからな。冗談じゃねえ。
張本さんじゃないが、アメリカの物はこんなもんなのか。
だが、この問題はS.E.R.D(Static electricity reducsion device)というレコード用の静電気軽減シートで完璧に解決した。ちょっと高いがこのシートは素晴らしい。
レコードのノイズの原因は僕が云うまでもなく傷と塵だが、塵を吸い寄せる静電気は大敵で拭っても拭ってもこいつがしっかり塵を掻き集めてくれる大変な厄介者だが、このシートはほぼ完璧にこの静電気を防止する。レコードの下に敷いて使うので演奏中ずっと機能し続けるから有難い。
レコードに帯電する静電気は各社の材質によってばらつきがあるが、大凡6KV程帯電しており、クリーニング時に拭いて摩擦すると酷い時には3倍、軽くて1.5倍程増加するがその殆どを消去するから効果は絶大。(詳しくは(有)インタービジネスへ、宣伝料は頂いていないので嘘ではない)このシートを使って目出度くピストル音は消えたが、耳が慣れてくるとやはり新藤バージョンのSPU−Aには遠く及ばないことが解った。


我が、蹉跌のオーディオファイル #07.音の入り口

 アナログの音を、デジタルで処理し、またアナログに戻す。
つまりレコードの音をコンピューターで整え、コレクションとして整理し、再びレコードの音で聴こうという事で、最近けっこうやっている人がいるものと思われ,雑誌PCオーディオも発刊された。
最大の問題点は録音より再生にある(レコードの音で再生するということ)
一昔前テープでやっていたことをコンピューターに置き代えただけのように思えるが、決定的に違うのはテープ再生はアナログ音なのに対しCDやPCの再生はデジタル音だと云う所にある事は、以前申し上げた。今回はこの事をちょっと脇に置いて録音するための音造りのことに触れたいと思う。

以前僕らはレコードを買うと傷を付けるといけないので真っ先にテープに録音し、レコードは仕舞いこみ、コレクションとして保管すると云うような事をやっていた。
アメリカ辺りには新譜が出ると必ず最初のロット10枚を買いこみ保管し、巨大な納屋一杯のコレクションを持っている気違いが居ると聴いた事があった。
比べるなら、僕らがこつこつ買い貯めたレコードなどコレクションとも云えまいが、そうやってレコードを大切にしてきた事は確かだ。
テープへの録音はやがてCDへの録音に代り、今PCに移りつつある。
何に録音するにせよ、最初の段階で最も大切なのはカートリッジ(プレイヤーシステム)とイコライザー。
何でもそうだが最初が肝心でカートリッジが良くないと良い音で録音できるはずが無い。序ながらカートリッジとシェルを繋ぐリード線、アームの中を通してある配線、アームからアンプまでのフォノケーブルの質の違いで音は随分変わる。これらはあまり目立たない存在だが実は大変な曲者である。

イコライザーアンプ(イコライザーに限らずアンプは全て)の最も大切な役割は、レコードの音溝に刻まれた音を細大漏らさずフラットに(低域や高域を持ち上げたりするのでなく)再生する所にある。色付けをしないという事が肝腎で、その意味ではプリアンプのトーンコントロールなどは本来必要ない機能だと云ってもよい。

ハスキルのピアノをハスキルのピアノで聴くにはこれが大切で、妙に低域や高域だけ持ち上げたハスキルのピアノではちょっと頂けない。
尤も何がフラットな音なのか、音溝に刻まれた正確な音とはどういう音なのかは録音した本人しか知りようはないから要するに曖昧である。結局ここは其々の楽器やオーケストラの音をどれだけ知っているか(聴いているか)に頼るしかない。そうした耳が判別する事だから決まった法則があるわけではない。

クラシックでもジャズでも生演奏をしっかり聞いておく事が勝負だということになるだろう。

我が、蹉跌のオーディオファイル #06.デジタル

                      デジタル音
昨今、デジタル(CD)は完全にアナログ(レコード)を凌駕した、と云うと何だかそれらしくて確かにそうだと思ってしまう。市場はCDばっかりで、レコード店などちょっと歩いたくらいではまず見付からない。ところが、これに「音」を付けて「デジタル音」は完全に「アナログ音」を凌駕した。と書き直してみると、ちょっと待てよと首を傾げたくなる。
本当にそうか。
何を凌駕したのか。
無くなった筈のレコード店はあるところにはちゃんとあり、箆棒に高価でそれでも店は立派に成り立っている。ネットオークションでも1枚数十万というのも出品されていてポツポツ買い手が付いている。
何故なのか。
一つは演奏家の問題がある。ハスキルやバックハウス、フルトヴェングラー、クナッペルツプッシュといった人達はもういない。だからレコードに頼るしか彼らの演奏を聴き様が無いというのが大きな要素だろう。
しかし、彼らのレコードの大部分はCD化されているから特に問題は無い筈なのに、どっこいレコードが売れている。
ジャズを僕は余り聞かないが、ここでも同様の現象が起きており、たまに見かけるレコード店ではやはり信じられない正札が付いている。やけっぱちで付けた値段でもなさそうで、ちゃんと売れることを想定しての値付けと見た。
どういうことなのか。
当り前だが買う人がいるからだ。
では何故その人達は同じフルトヴェングラーの演奏を充分にこなれた価格のCDではなくて高い方のレコードを買おうとするのか。

写真界ではプロがデジタルを使い始めてから一気にデジタル化が加速し、ヨドバシもビックカメラもフィルム売り場は思い切り縮小されている。
最大の原因は撮影コストにある。フィルム時代に100万円だったコストが今や1万円に満たない。それで出来たポスターや雑誌の写真はデジタルとフィルムの見分けは、少なくとも素人には付かないから、特にコマーシャル系のカメラマンは挙ってデジタルを使うようになった。
プロカメラマンならずとも、お年寄りの最も健康的な趣味としての写真も、
カメラさえ買ってしまえばランニングコスト0である。
それまではフィルムを買って、現像して、紙焼きして、36枚撮りネガが一本350円、現像600円、紙焼き360円として1,310円掛っていた。
年金暮らしのお年寄りがデジタルに向かったのは当然の軌跡ともいえる。
リコーのGRシリーズなどは素晴らしい描写をするから、ハッセル級の写真が楽しめる。しかもポケットに入れられるので、重いリュックや三脚からも解放される。いよいよお年寄り向きである。
写真界はだからほぼ世代交代が完了したと云ってよいだろう。
だが、本当の写真の世界というのはこうした現象を超越したところにあり、デジタルのギザの無い世界、光と化学反応で絵を造ってゆく本来の写真の世界はちゃんと生きているしこれからも生き続けるだろう。
その点は音の世界と似ているが、決定的に違うことは、最高の写真の世界は特殊化した小さな世界、専門分野としてしか残らないだろうが、音の世界はアナログ音の世界が一部復権し、新たな世界を創造するかもしれないという所にある。

今、レコードが売れている。
取り回しの便利さやノイズの無い音で一気に市場を席巻したデジタルの音に、限界が見えているのではないか。というより端から限界はあったのだ。要するに音質的に逆立ちしてもデジタル音はレコードの音に適わない。
のみならず我々が生身の生き物だと云う所に決定的な決め手があるのではないか。
ガラスを引っ掻く音を一日中聴かされたら、僕ならそれだけで相当衰弱し、三日続けられたら発狂するかもしれない。5日目にはきっと悶死するだろう。
何かの映画で見たが刑事の取り調べの場面で、電気で一晩中目玉を照らし、耳の傍で喚き続けて(つまり騒音をたてて)眠らせないという一種の拷問を三日ほど続けるとやってない人殺しも眠りたい一心で「やりました」と云ってしまう。刑事はにやりと笑って目出度く冤罪は成立する。実際問題、生理現象を逆なでするような音は充分に拷問の役に立つだろう。
砒素という毒薬は即効性では青酸カリに及ばないが、少量ずつ与えるとじわじわと人体を衰弱させ数カ月、調整によっては数年がかりで衰弱死させることが出来るという陰険な毒物である。
近頃若者が矢鱈にキレやすく、些細な事で凶行に及ぶ犯罪が増えた。
直接的な原因は教育にあり、核家族制度が遠因であるように思えてならないが、それだけではなく、食べ物にも遠因があるに違いないと思う。
砒素と同じで知らない間に体の中で何かが変化してゆく、毎日三度口から入れて、体の中を通る間栄養として様々なものを吸収し毒も吸収し、滓になって肛門からにょろにょろ出てくる様々な食べ物が体に何の影響も与えない筈が無い。
音もそうだと僕は思っている。
耳から入って脳味噌に至り、中で音として知覚させる空気の波動が脳に何らの影響も与えないとは思えない。食べ物にはちゃんと肛門という出口があるからまだいいが、音には出口が無く脳の中で音そのものは消滅しても放射能の様に消えない、記憶とは別の何かが残り、長い年月を経て沈殿しそれが脳に何らかの影響を与えるのではないかと思えてならない。
イヤホーンでシャカシャカやっている若者の目が共通して虚ろなのを見るに付けそう思うのである。同時に可哀相だとも思う。
聴いてみればわかる事だが、音源も含めてあれだけの汚い音を、しかも大音量で聴き続ければ誰の目だって虚ろになるし、知らずのうちに気持も荒れてくるだろう。「もう少し静かに出来ないか」などと諭されようものなら、瞬時に頭を沸騰させ「うるせえ、糞ジジイ!殺したろうけえ!」などと凄いところへ飛躍する。近頃は日教組のお陰で言葉も穢い。
生まれた時からデジタル時代の彼らは、CDやらDVDやらMDやら、ぎすぎすした音ばかり聴かされてきた。これでは赤ん坊の時から砒素を盛られているようなものだ。脳に何らかの毒物が沈殿しているのかもしれない。
必ずしもメーカーばかりの責任とは思わないが、音が長い時間を掛けて人体に(脳に)及ぼす影響をもうメーカーは考えても良いのではないか。そろそろ質の悪い音を若者の脳味噌に送り込むのは止めて、一昔前自分達が造っていた素晴らしい音を思い出してみてはどうだろう。
それは決して後戻りなどではなく、素晴らしい前進になると僕は思う。

                          つづく
次回は「音の入り口」

 

 

 


我が、蹉跌のオーディオファイル #05.救世主、新藤ラボ 

                              救世主、新藤ラボ  
小さな扉を見付けるのに苦労し、やっと探し当てて開けると狭い階段があって、登り切った所が新藤ラボだった。愛想もこそもなく、変な目つきの小男が一人忙しなくパイプ咥えながらじっと僕を見ており他には誰も居なかった。視線が熱いのが異様だったが、ややあって彼は近づいてきて「聴いてみるかい」という。「何だいらっしゃいませもねーでそれかい」と思ったがそこは耐え頷いて椅子に座った。

男の動作はどうにも忙しなかった。目をパチパチさせ、パイプをカチカチならしながら、ブルブル震える手で針を下すとまたじっと僕を見つめた。
音が鳴った。素晴らしかった。身を乗り出して僕は聴き、瞬時に男の存在を忘れていた。
気が付くと男の顔が今にも触れんばかりに僕の顔に近付いていた。「どうだい」
顔が引きつり、目も吊りあがって血走っていた。耳元に男の息を感じる。

「どうだ」と云われても気持ち悪さが先行した。乗り出していた身をぐっと反らせて改めて男を見ると、パイプを持つ手は相変わらずワナワナと震え、何が云いたいのかモゴモゴ口籠っている。このバイブレーターの様な男はどうにもいかんのでここは一端退散することにした。
帰りの車中、既にこのアンプを買う事は決めていたが、音と男の印象が不釣り合いで納得がゆかなかった。

RA1474はフォノ専用のイコライザーアンプ。124DWE-350Bプッシュプルのメインアンプで迫力満点、加えて繊細でもあるからVitavox CN-191を鳴らすのには理想的だろうとこの時半ば確信していた。

数日後再度新藤ラボを訪ねた時、男は居らず代わりに女の人がいたので先日の話をすると苦笑して言うに「かの人物は客」だと、二度びっくりである。
ややあって体中の全ての輪郭が猛烈にはっきりした人物が入ってきた。
その人が新藤さんだった。得心するとと同時に安心した。もう一度男の話が出て大笑い「そういう人なのだ」という。趣味も高じると命取りになり兼ねない。

新藤さんは好人物であった。嘘を言わず、云った事はやり、出来ない事は云わない人だった。この時の印象は35年たった今でも変わることは無い。
メーカーや販売店に有り勝ちな虚飾が一切なく、右だと云ったら左でも中間でもなく徹底して右だから解り易くもあった。
Mcintosh C22,MC275に関してはぼろ糞で、そもそも音全体に締りのないアンプだから、音のバランスを期待する方が間違っている。「あそう、買っちゃったの」・・・・
「お気の毒」・・・の一言でちょん。もう少しやさしい言葉はねーのかい。ねーんだなこれが。

RA1474 と124Dはキットで買うことになり週2度程此処に来て自分で組み立てることになった。キットと云っても部品は既に取り付けられており、配線だけすれば良い状態だったから不器用な僕にも出来たのだが、半田鏝と机が用意され、それから一ヶ月半程通った間新藤さんとは随分色々な話をした。
常に明快な人だから解りやすく、物事に対する考え方は良く理解できて、音造りと云うのは要するに人柄だということがこの時良くわかった。

僕は写真をやるが、写真は撮り手の性格が出る。怖いほど出る。
撮った被写体の影に自分が映っているのである。
音造りもやはり造り手の音が鳴っているものだ。

日本人の美に対する感覚は欧米人とはちょっと違って、音でいえば水琴窟や鼓、といった単音に感じ入る様な繊細さを持っている。
反面グランドキャニオンの巨大な静けさややナイアガラの爆音の様なスケール感に欠けるところがある。
環境が違うから当り前のことだが、音楽にはこの二つの要素が必要で、新藤さんの音はそれに近かった。
最近では新藤アンプは寧ろ海外で注目されているというところが、何やらこんなところにも国情が反映されているようで悲しい。
65年の間に我々日本民族が失ったのは、こうした無形の心に拘わる感性ではなかったか。

Vitavox CN-191は見違えるような音で鳴り出した。

結構僕は満足していたが、新藤さんはVitavox CN-191の欠陥を二つばかり挙げ、これだけは直しておこうという事になった。
中高音用S-2ドライバーの裏蓋がプラスティックなので此処で音が死んでいる、従ってこれをステンの削り出しで造り直す。
ネットワークがチャチでここでも音が死んでいるのでしっかりしたものに造り直す。という2点だった。特性のコイルとオイルコンデンサーを使って造り直し、この2か所の改良で夢の様な音に変身した。
序にスピーカーの内部配線も良質の物に換えた。
これで僕は充分満足だった。有難うを僕は連発したが、まだあった。
これはスピーカーの欠陥ではなく、我家の普請の問題だった。
このスピーカーは部屋のコーナーに嵌めこむように造られていて、裏から見るとだから骨組みだけでがらんどうである。
従って壁が低音ホーンの一部を代用するように出来ているので、理想的な低音を出すには壁がしっかりしている必要がある。
我家は2×4の安普請だから、建てるときに気を使って壁に木の板を張り付けていたが充分ではないとのことで、裏蓋を付ける事になった。
これで低音はぐっと締りが付いて、音全体のバランスがぴったりとれた。
序にウーハーを外し、エッジに何やら塗り、乾くとこれで孫の代までエッジがへ垂れることは無いという。

Vitavox CN-191に施した改良は以上である。
おそらくこれでVitavox CN-191コーナーホーンの持つ可能性の殆ど全てを引き出すことに成功したと僕は思っている。
新藤さんは何も言わなかったが、おそらく同様に思っていることだろう。それ以降スピーカーについては発言が無い。

これをRA1474と124Dで鳴らし、プレイヤーはGarrard 301のセンタスピンドルを改良してでかいターンテーブルを乗せ、アームにOrtofon RF297に厳選したSPU-Aをチューンアップした眼も眩むようなカートリッジ, という組み合わせが出来上がった。

それから35年僕はこのシステムで音楽を聴いた。
オーディオには幾つか頂点があるが、このシステムも一つの頂点だったと思っている。
当然、これ以上の音が存在することを僕は知っているが、果たして家庭に持ち込むに相応しいかどうか聴いてみて疑問を感じたことがあった。

ウェスタン15Aホーン である。
某所で聴いたがこれは凄かった。
ピアノがピアノよりピアノらしかった。もう桁違いで比較対象の問題ではなかった。
15Aホーンは御承知の通り劇場や映画館用であり、客席は20〜50メートル以上離れたところにあり、且つ天井はビルの数階分の高さがあることを想定して、観客に如何に心地よくしかも巨大なスケール感を味あわせるかという事がコンセプトだったろうから桁違いは寧ろ当然の性能と云ってよいが、それをこの時は距離約4メートル程、天井高2.5メートル程の所で聴いたのだから、それは腰も抜けよう凄まじさだった。
この時ハスキルは正しく男だった。「げー」と僕はのけ反った。僕の大好きなハスキルが。

ハスキル haskil家に帰っていそいそと僕は同じレコードをVitavox CN-191で聴いた。
紛れもなくハスキル はエレガントな女流ピアニストだった。
ハスキルのモーツアルト、これ程無心で典雅な音楽は無い。Vitavox CN-191ならずともこれがちゃんと聴けるなら、スピーカーは何だっていい。
新藤ラボの音造りは要するにハスキルのピアノをハスキルのピアノで聴かせてくれるのである。



この人に出会わなかったら、僕は未だに迷い続けていただろう。


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